曳家した時計台 1906年(明治39年)時計台は時計塔と時計機械をつけたまま現在の位置まで曳家で移されました。詳しい工事の記録は残っていませんが請負者は山本金太郎と伝えられています。 時計台出口より北へ歩き時計台ビル北側に演武場跡碑が建立されております。