時計台の構造 Structure of the Clock Tower
建物の構造
時計台は、開拓使が建設した明治初期の木造洋風建築として、札幌農学校農園模範家畜房・穀物庫(現在、北海道大学第2農場内)、豊平館(現在、中島公園内)、開拓使工業局庁舎(現在、北海道開拓の村内)とともに札幌市内に僅かに残る貴重な歴史的建造物です。
外壁を下見板張(羽目のイギリス下見)とし、装飾の少ない外観は「カーペンター・ゴシック」とも呼ばれています。時計塔が後から付けられたため、正面の姿は「頭でっかち」でバランスが悪いとも言われますが、逆にこの独特の姿が親しみを感じさせるものとなっています。
時計台の柱組は太い柱を使っていないと考えられていましたが、先の修理工事における調査の結果、柱、梁、桁に太い木材を使った日本在来の軸組工法により近い構造であることがわかりました。しかし、2階演武場は洋風の小屋組を使用し、両側の壁の広がりを防ぐために細い鉄管(tie bar)で緊結し、柱、梁を用いずに広い空間を生み出しています。2階空間の印象から、アメリカ中・西部開拓期に流行したバルーンフレーム構法を取り入れたと考えられています。
時計台は、西欧の建築スタイルがアメリカ経由で伝わったいわゆるコロニアル建築の系譜につながりますが、構造的には国内では類例の少ない建て方となっています。これは、開拓使が招聘した欧米の技術者や農学校教師には建築専門家が居なかったことから、安達喜幸らの開拓使技術者が、欧米の「スタイルブック」(様式図集)などを基に独学で洋風建築技術を摂取し、設計施工していったことを物語っています。大工の棟梁として高い木造建築技術を持っていた安達喜幸たちですが、洋風建築技術を取り入れていくその苦心はひとかたのものではなかったことがうかがえます。
時計台の鐘が140余年経た今も正確に時を告げているのは、建物と時計塔に大きなゆがみが生じていないことによります。振子式の塔時計は、時計が据えつけられている床が水平でないと時刻が狂い、止まってしまいます。時計台の建築を手がけた安達喜幸らの素晴らしい技術による賜物と言えます。
建物の規模
構造 | 木造2階建(時計塔部分は5層構造) |
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延面積 | 759.811㎡(東階段室59.492㎡を除く) |
1階面積 | 384.496㎡(東階段室29.746㎡を除く) |
2階面積 | 375.315㎡(東階段室29.746㎡を除く) |
土台から本屋棟頂までの高さ | 13.280m |
土台から時計塔棟頂飾先端までの高さ | 19.825m |
竣工図
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【1階平面図】
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【2階平面図】
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【正面図(西面)】
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【背面図(東面)】
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【南側側面図】
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【北側側面図】
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【桁行断面図】
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【梁間断面図(左…本屋、右…翼屋)】
時計台竣工図の拡大した図がご覧になれます。
時計塔の構造
時計塔は5層構造になっており、一番上の鐘の部屋から打鐘用の重りが下がる1階までで構成されています。
時計の仕組み
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【脱進機】
時計台の時計は昼も夜も休むことなく動き続け、鐘は毎正時、時刻の数だけ鳴り、1日156回鳴ります。
時計の動く力のもとは、重りが下に下がる力で、この力が歯車を回転させます。しかし、そのままでは歯車は連続的に回るだけなので、この歯車の回転を一定のリズムで少しずつ回す必要があります。この役割を果たしているのが、振り子の規則正しい左右への往復運動を利用した脱進機(アンクルとガンギ車)と呼ぶ装置です。アンクルの先端がガンギ車と呼ぶ歯車の歯の先に一回一回入り込んだり、離れたりすることで歯車を少しずつ回しています。
逆に、アンクルの先端が離れるとき、ガンギ車の歯の先でアンクルの先端が左右に少しずつ押されています。この押される力が振り子に伝わり、振り子が止まらずに左右へ揺れ続けることができます。
時計台の2階ではハワード社の別の振子式塔時計を動かしています(鐘を打つ装置はついていません)。ご覧になり時計の動く不思議な仕組みを確かめてください。